心理学論文の典型例

法学の世界では『リーガルマインド』というある種の思考スタイルが存在すると言われていますけど, 心理学の世界でも,文献講読や実験実習を通じてその手の『心理学マインド(虫酸が走りそうなネーミングですが)』 を習得していただけたらと願います。

論文の構造を知ることの意義

文献というと、いわゆる「本」をイメージするかもしれないが、研究を行う文脈では雑誌論文(ジャーナル:Journal)を意味することが多い。

もちろん、本も文献に含まれるわけだが、本の中で引用される文献の大多数が雑誌論文であることから、卒業論文の中で本を引用する場合にも、必然的に原著の雑誌論文を見に行かざるをえないことが多い。勝手な孫引きは基本的に許されないので、どうしても原著にあたることができない場合には、「○○(年)は××(年)が▽▽で△△と述べていた」といった具合に記述するしかない(各個の中の年は出版年)。和書でかまわないので、一応、卒論には最低でも5本くらいは雑誌論文が文献リストに含まれていないと格好が悪い、と思う。

ただし、初めて雑誌論文を読む場合には、かなり苦痛を感じるはずである。その理由は様々であろうが、苦痛の何割かは話の展開が見えないことに原因があると思われる。したがって、たぶん、これから心理学の文献を読み進めるにあたって、話の展開の仕方をおさえておくことはとてもよいことだと思う。また、卒業論文に取りかかる場合には、この手の知識がなければそれこそ手も足も出ないのは言うまでもないだろう。

論文の分類

一般的な心理学の雑誌論文は「実験・調査系の論文」と「レビュー論文」に大別できる(臨床系の文献は不勉強のため分かりません)。分野によって書式に違いがみられるが、普通はAPA(American Psychologicay Association)が推奨している書式にしたがって書かれている。

さて、APAの Publication Manual を説明することは非常に大変なので、「実験・調査系の論文」を中心にして、皆さんが直接困りそうな箇所をピックアップして説明してみるのが本ページの目的である。ちなみに、当該領域について知識が乏しい場合には、いきなり実験論文を読むよりも、レビュー論文から読み始めた方がよいと思う。レビュー論文は理論的で抽象的な内容が多いので、初めはチンプンカンプンでまったく歯が立たないかもしれない。しかし、当該分野についての鳥瞰図が全くない状況で乱読していくことは、実は効率が悪く、結果的に遠回りになる可能性が高いと思う。 更に余計なことを書くならば、大学院を目指す人は、 (演習やゼミで読むのとは別に)一週間に一本くらいのペースで論文を読まないと、 たぶん色々と厳しいのではないかと思います。

実験・調査論文の書式

非常に大雑把に書くと以下の4つのパートに分類できる。

卒業論文では序論が肥大化する傾向にあるようだが、 全体の2割程度の分量が穏当ではないだろうか。 ただし、実験が2つ3つ続くような場合には、 それぞれの実験に対して序論に相当する短い前書きが必要である。 その場合には、1つの実験に対して下記の4つの章に相当する内容を書くことになる。

  1. 序論
  2. 方法(実験)
  3. 結果
  4. 考察

序論

ここで書くべき事柄は、大まかに以下の通りである。

質問紙で特定の要因を取りあげたときなどには、 それぞれの要因について説明をすべき(具体的には、各尺度など)。 そして、それぞれの要因は先行研究を引用しながら説明した方がいい。

ちなみに、序論はデータの分析が終わってから完成することが多い。 初めて論文を書くときにはこの文章が意味する内容がぴんとこないかもしれないが、 要するに、 研究を進める過程で仮説なり理論はフツーは変化するということである。 はじめに立てた仮説が大切なのは言うまでもないが、 一つの仮説に拘りすぎるような、かたくなな態度は不健全である。 読むときにはトップダウンで読むが、 書くときに帳尻を合わせるような書き方になってしまうことは仕方がない。 科学の世界は得られたデータがすべてなのだから、そのような整合性の取り方は倫理的に正しい行為だろう。 もちろん、当初の仮説にしたがって、トップダウンで分析して、思ったとおりの結果が得られるのに越したことはないが… そんなに上手くいく確率なんて、50%以下だろう。
ここ最近(2018)の動きとして,オープンサイエンスという思想の元にデータの分析モデルとデータを公開することが当然のことのようになる可能性が出てきた。 インターネットが当たり前のように利用される今では,心理学でもそのような考えにもとづいて調査,研究する必要がでてきたと言って良いだろう。 しかし,心理学では帰納的に調査してきたきらいがあるし,どこまでその手続きに従うことができるか,(特定の学校からのデータという意味で)守秘義務の観点から考えて難しいケースがありそうだ。

方法(実験)

ここで書くべき事柄は、大まかに以下の通りである。

要するに、実験や調査の手続きについて説明するのがこのセクションの目的である。

序論で独立変数、従属変数を示したならば、それに相当する内容が実験なり調査に反映されていなければ、とても変だ。「何となく質問紙を使って調査してみました〜♪」という研究の場合には、この辺りの変数間の関係構造が曖昧で、調査者自身も理解していないことが多い。調査で使った質問紙では序論で示した問題を調べることができないという、大変困った事態になりかねない。自分がなにを調べたいかをしっかりと理解したうえで質問紙を作るようにしてほしい。

ちなみに、質問紙を作成するときには、分析方法も念頭においておかないと、実際に分析する段階で「その分析(検定)はできない」ということもよくあるので、統計学的な知識がある程度はないと困ると思う。 少なくとも、尺度水準という言葉くらいは最低限度知っていないとマズイと思う。 極端な言い方をすると、質問紙なり実験計画が定まった時点で、既に分析方法も確定していのが普通だ。 だから、データが集まってきてから分析方法について質問にくる場合には、残念ながら手遅れであることもある(逆に、なぜこの分析をしないのだろうか? といった研究も多いのだが...)。

その他、従属変数に影響を及ぼすであろう交絡変数が存在するならば、その効果をうち消すために、カウンターバランスをとるような実験手続きを考える必要がある。どういう要因に気をつけてカウンターバランスをとるかは研究分野ごとにだいたい決まっているので、先行研究をよく読んで確認しておくこと。 cf. 簡単だけれどもとっても重要な統計学の話

結果

基本的には、質問紙なり実験計画が決まった時点で既に分析方法も固まっている。したがって、実験結果の記述方法も、普通はそれほど悩まないことが多い(はずである)。 だから、くどいようだが、最低限度の統計学の知識がないと、(本当は)凄くまずいわけだ。

ただ、モデルの重要性については再度確認しておいてもよいだろう。

たとえば、質問紙を使った調査研究の場合には、ほぼ無限に変数を組み合わせて分析できる。そして、その無限の可能な組み合わせの中には、どうしてかは説明できないけれども、たまたま統計的に強い関係にある組み合わせも存在するだろう。

こういう時には、どうすべきであろうか?

真面目な人間ならば、やはり、虱潰しに全ての組み合わせについて検定を行うかもしれないけれど、普通そういう人はセンスの悪い人間と呼ばれる。全ての要因をひろっていっても、「人間は複雑だ〜♪」ということで、結局、なにを言っているのか分からない陳腐な研究になってしまう。言い換えると、「なにが重要なのか、こいつはわかっとらんな!」ということである。

では、どうすべきかというと、色々な変数(要因)の組み合わせが可能ではあるけど、「本研究で見たいことは既に序論で宣言してある」と言えばよいだけである(もちろん、これは程度の問題であるのはいうまでもないが...)。実験も調査も、普通は現実世界をかなりシンプルなモデルに置き換えて、特定の要因に焦点を当てて調べることに意味があるのだから、研究で検証するモデルが有効である範囲も限られている。限られているというよりも、「非常に狭い」と考える方が妥当であろう。 また、このような現実的な制約以外にも、実験や調査をする目的を考えれば、なぜモデルが重要であるかは明らかであろう。

なお、心理学において、『モデル』は統計的な手法を用いて記述されることが多い。 これは、万人に対して説得力を持つ分かりやすい表現(『記述するモデル』)として、 統計的なモデル(数式表現)が便利なので、だから様々な分野で受け入れられているのである。 だから、逆に言うと、 現実の世界を記述する手法は、統計的(数量的)なモデル以外にも存在するということである。 たとえば、質的な記述というのも『モデル』を表現する手法として考慮すべきである。 実際に、心理学的な研究では実験計画法、質問紙法以外にも、面接法、観察法などが使われていて、 どの手法が優れていて、どの手法が劣っているというわけではない。 数量化が馴染まない研究対象が存在するのは当たり前なので、 必要に応じて使い分けるだけである。

しかし、面接法や観察法のような質的な記述による『モデル』でも、仮説という『メタなモデル』が決定的に重要な役割を果たしているのは言うまでもないだろう。 ただ単に万遍なくダラダラと現場を記述した報告では意味がなく、むしろ、統計的な手法を使った研究よりも強い仮説(メタなモデル)がなければ記述ができないはずである (もちろん、初めからそういう強い仮説をもっていることは希だから、観察しながら、参与しながら徐々に理論なり仮説を構築していくことになる)。 たとえば、質的な記述を重視する研究では事例性ということが重視されるが、 そこでは、なぜその事例を取り上げるのかという説明が必要とされる。 つまり、(極端な言い方をすると)理論的な位置づけができないような場合には、研究すらできないのである。 くどいようだが、モデルはとても大切なのだ。 cf. 質的研究論文の評価基準 (@山口大学教育学部 関口靖広先生) 、 質的研究方法論 〜質的データを科学的に分析するために〜 @北海道大学大学院保健科学研究院 寺下貴美先生

様々な観察法

話を整理するために、観察法と関係する諸々の留意点等を簡単にまとめてみたい。 以下に観察法の(大ざっぱな)種類とそれぞれの長所と短所を示す。 【参考文献: 心理学マニュアル 観察法、中澤他編著、北大路書房,1997年】

時間見本法(time sampling)

長所: (1)観察される行動を焦点化することでねらいを明確にできる。 (2)行動の生起頻度情報は、行動の個人差や発達差の査定やはたらきかけの効 果測定に利用できる。(3)チェックリストにしたがってデータを収集するだけ なので、正確で客観的なデータが収集可能である。(4)統計処理が可能な量的データが利用可能である。

短所: (1)高頻度で生じる行動に限られる。 (2)記録システムに残らないような行動は原則的に省かれる。

事象見本法(event sampling)

対象とする行動をあらかじめ決めておき、実際に観察しながらその行動の生起、経過、結果を記録する。まずはじめに、記録は観察する行動(事象)をカテゴリー化し、チェックしリストを作成しておき行動の特徴や生起した程度を表す尺度を評定・記録したりする。

はたして事象見本法と同じものとして分類可能か定かではないがグラウンデッド・セオリー・アプローチ (Grounded Theory Approach とは、フィールドワークをした後に得られた会話などをテキスト化し、そのテキストの中の特徴的な単語などをコード化し、そのコードを分類し分析する手法である。 できるだけ客観的に細かく分類しコード間の関係をモデル化することを目指す。 参照:理論生成とグラウンデッド・セオリー・アプローチ

長所: 時間見本法とあわせて実施するのが現実的だが、行動が生起する文脈などを特に重視して記録する。その結果、時間見本法と比べて因果関係について把握することができやすい。

短所: 対象とする行動が起きるまで観察しなければならないので、時間見本法と比べてデータ収集に必要とされる時間が長くなる。

参加観察法(participant observation)

(エスノメソドロジー:ethonomethodology) 調査者(観察者)自信が調査対象となっている集団の生活に参加し、 その一員としての役割をはたしながら、 そこに生起する事象を多角的に長期にわたり観察する方法である。 単なる記述に留まらずに、社会的現実がその構成メンバーによって行動が構成さ れていく仕組みを解き明かそうとする手法とも言える。 (参考: 現象学的社会学とエスノメソドロジーエスノメソドロジーと人びとの社会学

分析手順の例:  (1)分析の単位を定める: ひとまとまりの観察事象や発話内容を観察エピソードとそしてまとめる。 (2)各エピソード単位の意味づけ: 各エピソードについての解釈、前後関係の補足を行う。 (3)エピソードの分類・カテゴリー化: 類似したエピソードを集め、共通項に適切な名前を与え、概念化する。 (4)各事象の関係づけ: 各カテゴリー、事象単位のあいだの意味的な関係を整理する(−> KJ法などの利用 :学内限定)。

以上の議論をまとめると、質的研究とは以下のように記述することができるだろうが、 いずれも分析する理論的なモデルが重要であることは言うまでもない。

理論を発見し、意味や発見を記述する。 コミュニケーションと観察を主要な手法とする。 非構造的なデータを収集する。

それに対して量的研究とは以下のように記述することができるだろう。

構造的なデータを収集し、理論を開発・検証する。 関係や因果関係を検証、確立する。

考察

以下の要素に限定するとスッキリするかもしれない。

考察で記述すべきことは、序論で示したモデルなり仮説が実験結果と照らし合わせて妥当かどうかの推論である。 結果が仮説を支持するものであれば、 その仮説を更に発展させた場合に得られる結果を予測するのも良いし、 他の研究に対する批判を書いても良い。 ちなみに考察で実験の結果をどこまで説明するかで少し判断に困るかもしれないが、 基本的に要約程度にとどめるべきであろう (もちろん実験結果を引用・参照することは積極的にすべきである)。

卒業論文の段階であれば仮説が棄却されることもかなり多いが、 仮説を支持するような結果が得られたとしても、 モデルに示した変数以外の要因が影響を及ぼしていた可能性もある。 つまり、その結果が得られた背景にある種の制約条件があったら (特定の単元に限って有効な教授方法等)、 それを明確にしておく必要があるということである。 また色々な可能性について多角的に考察する以外にも、 調査によって得られた知見を実際に応用できるような場面を 考えてみるということも考察の重要な役割の1つである (実験と同じような状況が現実世界ではどういう状況に相当しているかを明確にする)。

その他

文献リスト、謝辞、添付資料なども必要に応じて掲載する。 正直に言って謝辞はあってもなくても構わないが、 文献リストの後にくることが多いような気がする。 文献リストと添付資料(調査で使った質問紙以外にも、 実験プログラム、実験器具など、紙面に掲載可能な全てのもの)は、 追調査を行うときや先行研究を調べるときの重要な資料となるので、 できるだけ正確な情報を記載するように努力してほしい。

どうやって書くの?

さて、文献をある程度読めるようになったら、卒業論文の執筆まであとすぐのところまできているのだろうと思います。 ネットのうえには既に多くの有益な情報が掲載されています。 以下はその中でも特に参考になりそうな(参考にして欲しい)ページです。

その他、検索すると便利なページが用意されています。ぜひ活用してください。


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