演奏の記録

シンセサイザの歴史

初期の電子音楽スタジオ
 初期の電子音楽スタジオ

電子楽器の発明やラジオの応用から始まった音楽と電子工学の関わりは、戦後ますます深まった。 
戦時中に開発されたテープレーコーダが1950年代に普及し始めると、テープ編集と電子的な変調が手軽に行えるようになったのである。 そうした技術の発展を背景に、1950年代には大きく2種類のテープ音楽が誕生する。

ひとつは<ミュージック・コンクレート(具体音楽)>と呼ばれる音楽。 
鉄道の音など現実音や楽器音のような既成の音楽を録音し、編集・加工することによって仕上げられたものである。 最初のミュージック・コンクレート作品は、シェフェール(仏)の《騒音のエチュード》。 当時はまだテープではなく、ソノシートに録音していたという。

もうひとつは、電子音楽発生器を使った電子音楽。
倍音を含まない純音やホワイト・ノイズといった素材を合成・ 加工することによって、構成されたものである。 ケルン派を代表する作曲家 シュトックハウゼンの《習作T、U》(1953,54)から始まり、続く《少年の歌》(1956)では 声と電子音を一緒に録音。《コンタクト》(1960)ではテープと楽器の同時演奏を実現して、ライブ・エレクトロニック・ミュージック への道を開いた。


 コンピュータ化された電子音楽スタジオ

ケルンに電子音楽スタジオができた1951年には、ニューヨークのコロンビア大学にも電子音楽スタジオが置かれた。
 ここでは、電子音と楽器音を一緒に扱い、人間ができる演奏の限界を超えた複雑な構成の音楽を作ろうとした。 その後、1953年には東京とミラノ、57年にはミュンヘンとワルシャワ、58年にブリュッセル、59年にトロントとサンフランシスコ、 61年にユトレヒトと、電子音楽スタジオの開設があいついだ。


 入力作業(パンチカード)

コンピュータの発展が、新しい音楽の創造をおおいに刺激した。
まず作曲の規則をあらかじめインプットしておいて、自動的に曲を作らせる、つまり作曲に必要な計算を コンピュータに行わせるという手法が開発された。 1958年にヒラーとアイザクソンという2人の数学者がイリノイ大学のコンピュータで演算して作った《イリアック組曲》は、 もっとも初期の作品の例である。

この方向では、後にクセナキスが成果を挙げている。 彼は、音群がどのように密集したり離散したりするか、どのような速度で動いていくかといった決定を、 推計学の法則に則ってIBMのコンピュータに計算させ、結果はその都度楽譜に書きとめられ、 それが伝統的な楽器で演奏される という方法をとった。

また、音素材を合成したり、音像の空間移動の制御にコンピュータを使う方法も考えられた。 1977年にはパリのポンピドゥー・センターに<IRCAM>が発足したが、ブーレーズはそこに導入された大型コンピュータによって、 生演奏と電子音響を同時に制御するライブ・エレクトロニック・ミュージックに挑んだ。 《レポン》(1988)はその代表作である。

 モジュール間の結線(パッチ)

これまでの音楽の歩み・考え方と、電子楽器の発展は、ある時点から別の道を歩み始めたともいえる。
これは音楽のみではなく、芸術や、私たちの生活と、それを取り巻く社会環境との関係においても同じように考えることができる。

14世紀にイタリアで起こったルネサンス(人文主義的変革)以降の芸術は、常に「人間中心」で進められた。 人間の頭脳が、そして身体が生み出す可能性を追いもとめ続けてきた。 機械の発達は、常に「人間のため」にあった。
それがある時期から逆転し始める。
機械の発達は、人間の限界をあっさりと越え、やがて、それまでの「人文主義」はその根拠を揺るがされることになる。


 ムーグ・シンセサイザ

工学博士 ロバート・ムーグが開発したムーグ・シンセサイザは、それまで膨大な機器を配線・接続して実現していた コンピュータ音楽の歴史を大きく変えた。

彼は、電子工学の発展により生み出された集積回路を利用して、小さな電圧で機器を制御することにより、 機器を小型化して、それをモジュールという単位として扱い、自由に接続・配線変更ができるシステムを作り出した。
この機器は、初めて「シンセサイザ(合成器)」と呼ばれ、その後数十年の間に開発・製品化され、様々な音楽を作り出した シンセサイザの基準となるものとなった。


 ミニ・ムーグ・シンセサイザ

開発され発売された当初は、数千万円以上もしたシンセサイザは、さらに軽量・小型化を進め、 ロックなどのポピュラー音楽の奏者に受け入れられ始めると、やがて廉価で入手できるようになる。
それまでは、大学などの組織でしか購入する事のできなかったシンセサイザを、個人で購入する事が可能になると、 それによって作り出される音楽の領域も一気に広まった。

やがて、このシンセサイザがパーソナル・コンピュータの発達とあいまって、DTM(デスクトップ・ミュージック) と呼ばれる、音楽の制作方法をもたらすこととなった。


 ムーグ・シンセサイザ 前面

シーケンサ(音の記録装置)の発達

シンセサイザの1モジュールとしてのシーケンサ

単体のシーケンサ


Roland MC-8

コンピュータに組み込まれ、ソフト化されたシーケンサ

Mark of Unicorn PERFORMER

シーケンサ実習

ステップ入力

楽譜「ドレミ」