平成19年度宮城教育大学付属図書館特別展示企画「歴史のなかの教科書 〜日本のものづくりをささえた理科〜」
  

湯川秀樹のめざしたもの

宮城教育大学環境教育実践研究センター 安江正治

 今年(2007年)は、湯川秀樹生誕100年を迎え、国内の各地で記念行事が開催され、その報告がインターネット上にWebページの形で公開されている。それらの行事に参加できなかった私たちも、これらのページを見ることで、湯川秀樹の存在の大きさに気づく。[文献1,2)参照]
 しかし、その報告の多くは、物理学者としての姿を伝えるものであり、「深くものごとを考える」自然哲学者、「やさしく若者を励まし導く」導師としての湯川の姿がはっきりと伝わってこない印象を受ける。
ここに、教育の場から見た湯川像の描写を試みたい。
 日本は、戦後の貧困と混乱の時期を経て、経済的な豊かさを求めて現在に至った。物質的な繁栄は、日本人の勤勉さということに加え、石油資源という効率的なエネルギーと世界規模で余力があった食糧生産に起因する。特に、戦前派の苦難を克服してきた先人たちの努力に負うところが、大であった。
21世紀は、「持続可能な社会をいかに創っていくか」というまだ解決の見えない問題をかかえており、20世紀とは違った意味で、課題の多い時代である。これからの時代、日本はどのような道を歩むかは、私たち若者にゆだねられている。
若者に生きる希望を与えるためには、先ず、若者たちに新しい人間像を提示することであり、ここに「湯川秀樹のめざしたもの」に思いをはせ、それぞれの人の内なる可能性に気づくことは、意義あることと思われる。
 湯川は旧制中学3年の頃に「この世は、煩わしい」との思いから「何か浮世離れしたことがやれたら」と物理学への道を歩み始めたとの回想が文献3)にある。その頃、古典の読書にも親しみ、特に荘子の考えに心惹かれるものがあったとのことである。ここに荘子の古き精神の調べと、現代科学の普通の常識を超える新しさの魅力が、共鳴し合って、湯川の心の中に中間子論となって花開いた--- トインビーの言う「異なる文明の出会うところに新しい文明が花開く」 ---例を見る思いがする。湯川の中間子論のアイデイは、いかに画期的なものであったかは、文献4,5)に分かりやすく語られている。
 湯川の中間子論の特徴は、核力の働く空間的な広がりから、核力場を担う新しい未知の粒子を仮定したことである。場とは、空間の性質を記述する概念であり、場を質量のある粒子と関係づけることは、それまでにない発見であった。いわば、形而上的な属性の「場」を形而下の「物質」との同等性を提示したといえる。
 「見えないもの」と「見えるもの」との相関を解き明かす湯川の思考は、古代ギリシアのプラトンの語った「想起」の思考過程に相通ずるものがある。湯川の活動は、その後、天才論や人間の創造性の考察へと広がっていったのも故あるかなの感がする。
湯川は、自然界の理と人間の可能性の探求者だったことがしのばれる。また、対象とするものに深く集中する感情移入に優れた天性を有しており、幼い頃からの本の中の世界に遊ぶことからこの天性がさらに育てられた印象を受ける。
このことから、教育改革のヒントは、「それぞれの人の魂の中の宝を気づかせ育てる」というプラトン的な学びの場の復活にあるように思われてならない。


文献:
  1. 湯川秀樹、朝永振一郎 生誕100年記念関連リンク集
    http://staff.miyakyo-u.ac.jp/~m-yasu/semi/sub/p3a.html

  2. 佐藤文隆、Biography of Hideki Yukawa
      Symposium for Centennial Celebration of Hideki Yukawa
    http://inpc2007.riken.jp/Y/yukawa-sato.ppt
    ここに注目すべき湯川の歌が紹介されている。
      若き日に忘れしはずの老荘の
      よみがえりくるわれを怪しむ

           下鴨の家に移りて、1957年

  3. 湯川秀樹、「外的世界と内的世界」岩波書店

  4. 南部陽一郎、「湯川と朝永から受け継がれたもの」, 日経サイエンス2007年5月号p.44-51

  5. 物理学の魅力についての名言:
    南部陽一郎、「20世紀の物理から21世紀の物理へ
      (以下の文章は筑波大学での講演からの引用)
    http://www.nature.tsukuba.ac.jp/~shizen/Culture.html
     物理学は自然現象の舞台である空間と時間の性質、その中に役者として現われるいろいろな物質の究極的構造と種類、それらの間に働く作用、あるいは力、に関する法則を統一的、数理的に記述するものです。その魅力は、あらゆる自然現象が究極的には少数の基本法則から理解できる、という信念を抱かせることにあります。

湯川秀樹、朝永振一郎 生誕100年記念関連リンク集


担当:安江 正治 Copyright © 2007. M.Yasue